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稼働日記 『 コラム的な何か 』

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4号機バブルの落とし子たち(後編)
№05

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4号機バブルで生まれ、4号機の終焉と共にいなくなったかに思えた大量のパチスロ生活者たちですが全滅したわけではなく、しぶとく生き残った人たちも一定数はいました。

まあ、全滅したと解釈してもよさそうですが、実際には5号機移行後の2年間程度は結構な数の生活者がいましたね。

かつてほど環境はよくなかったのは確かですが、最後の4号機(俺の空、イミソーレ)が撤去される前の番長がなくなった2007年6月前後が一番どうしようもない環境だったようなきがするので、5号機移行に耐えたお店とRTを使った機種の台頭の時は、むしろパチスロの復活か? と思えたくらいです。

現に4号機最後の大物機種であった番長の撤去辺りを耐えぬいた生活者ならば、そんなに難しい環境ではなかったはずでしょう。

しかし、それで生き残った生活者たちも5号機移行後、しばらくするとじわりじわりと数を減らしていきました。

主な原因は、競争だと思われます。
生き残った生活者同士の良台を巡る競争が激しくなり、それで脱落していく人が多かった感じですかね。

4号機で有効であった天井やゾーンなどのハイエナ攻略の利が減り、加えて店も台も少なくなった、さらに競争も、となると厳しいものです。

さらに自分のいた関東圏では、それまで都内などの店の密集地域を根城にしていたノリ打ち集団が田舎の店に現れるようになりました。

5号機はその性質上、高設定狙いでしかまともな稼ぎを得られず、どうしてもノリ打ち集団に競争で遅れをとる場面が増え、結果的にピン(1人)の生活者は難しい環境になったでしょうね。

そうなると元いた地元の生活者たちもノリ打ちをはじめて対抗するのですが、それがあまりに目立つ(店の高設定はノリ打ち集団しか取っていない)ので、一般客が激減、設定が入らなくなり、共倒れになった形で消えていきました。

その後、ART機の台頭が始まる頃には、だいぶ生活者の数が減りましたが、やはり一定数は生き残っています。

この頃になると、4号機バブルで生まれた生活者ではなく、5号機になってから新たに生活者になった若い客が増えていきました。

新しい生活者は、ART機の面白さと攻略要素から入っているのでモチベーションも高く、4号機バブル生まれの生活者を何気に苦しめる存在になります。

まあ、5年以上生活しているとマンネリし、朝の並びなども億劫になる、解析情報も最低限になるなどの慣れがでてくるので、最近始めた情熱あふれる生活者に敵わないのはしかたないですね。

こうして4号機バブル生まれの生活者は数を減らしていき、この後に起こるイベント全面規制(2011年6月?)くらいになると、ほとんど見かけなくなりました。

このくらいが4号機バブル世代の限界でしょうか?
年齢的にも30才を越えて、生活の安定が欲しくなるというのもあり、例え勝てていても足を洗うようなことが増えるでしょうね。

まあ、ここまで生き残っている4号機バブル生まれの生活者は、たいていそれなりの貯金があるもので、贅沢しなければ働くあてもあり、そんなに悲惨な運命を辿ることもない気がします。

さて、そんな4号機バブル生まれの自分はというと……、いまだに生活者として生きています。ええ、アホです。

足掛け10年を越えてパチンコによる生活が続き、自堕落に生きていますが、なんとか勝つことができていますね。最近は、かなり綱渡り状態ですが……。

さすがにヤメる算段も考えるようになりましたが、まあ、いけるところまで行ってみようという無謀な挑戦をしてみる感じです。

そんな自分が生き残ってこれたのは、ズバリ第一線級の実力が“なかった”からでしょう。

たいして勝ちも目指さず、いつも競争の薄いところを探し、平々凡々とやり繰りし、どうやって勝つかより、どうやったらお金を使わないかを考え、常に休むことを視野に、のんびりやってきた次第です。

こんな感じできたら、今まで破綻せずにやってこれました。

特に高い出率(119%)を取ることを初代北斗以降はそうそうに諦め、無理せず取れる台でやりくりするというのが結果として良かったのかもしれません。

さらに5号機以降後は、玉の甘デジを打つことが多くなり、パチスロだけの選択ではなくなったのが、かなり大きかったのだと感じます。

スロのリンカケやマーベルでみんながウヒャウヒャいってた頃に、1人で羽ぱちんこウルトラセブンをひたすらやっていたりと、廃業していった知り合いたちとは違う動きをしていましたからね。

ヤメていった元パチスロ生活者の友人たちも就職し、主任になるとか課長になるとか言い出す中で、自分だけがこんな生活を続けているかと思うと不安になるときもあります。

そのぶん自由で、気ままで楽しいんですからしょうがないですね。
今残っている生活者も、多かれ少なかれ、楽しさを感じているから続けていると思われます。まあ、半分以上はお金と今更就職する面倒さの問題でしょうが。

まあ、そんな感じで今でも生活している奴が、とりあえずここに1人います。

2002年くらいから2005年までが自分が考えている4号機バブルの時期ですが、実際は初代獣王が出た2000年、あるいは大量獲得機の大花火の1999年、そもそも4号機移行により生まれたリプレイハズシを筆頭とする技術介入によるブームの時点で始まっていたのかもしれません。

実際にどうだったかは別としても、この時期にパチスロに関わって、色んな意味で道を踏み外した人は相当数にのぼるでしょう。

その内の何割かは勝ちに目覚め、さらにその何割かはそれをあてにした生活を送り、そのごく一部は現在でも同様の生活をしています。

あなたの隣でペシペシとこ慣れた様子でパチスロを打っている30代っぽい客は、もしかしたら4号機バブルの落とし子かもしれません――。

更新日  2014/07/27

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