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稼働日記 『 コラム的な何か 』

ここはパチンコ生活で見た、思ったことなどを綴ったコラム的な何かです。
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記事 目次

4号機バブルの落とし子たち(前編)
№04

昔々、パチスロは4号機と呼ばれる仕様の台でした。
(おおよそ1992年から2007年9月までの間の話で、実際には2005年9月からは4号機と5号機が混じる環境になっている)

そもそも何号機とは、パチスロの規定(検定通過基準?)のことで、1号機から始まり(それ以前の台は便宜上0号機)、2号機、3号機と続き、4号機、そして5号機と移行してきた経緯があります。

4号機はその前の3号機時代の後にきた、まあ、パチスロの一つの時代みたいなものですかね。

この4号機……、色んな意味でちょっと特別なのです。
まあ、その理由を並べると、

・その期間が長かった(1号機は約3年、2、3号機は約2年づつ、4号機は約15年
・パチンコといえば玉が主流だったのを変えた(それまでスロは日陰者だった)
・AT機とストック機を生み出した(サブ基盤革命)
・大きなブームになり、様々な問題を引き起こした(多重債務の一因など)

そして『多くのパチスロ生活者を生み出した』ことがあげられると思います。

それまでもパチスロで勝って生活する、俗にいうスロプロはいましたが、今で言う攻略プロ的な人たちだったと思います。
※攻略プロ→定義は正確にはないが、主に機種のバグや仕様上の穴をついた攻略を専門にする人たちの意味

詳しくは知らないのですが聞いた感じだと、ビック中に特定手順でもう一度ビックを無理やり揃えてワンビックで1000枚出してしまうような今では考えられない攻略が多くあったようですね。

そんな感じですから、当然、それらの情報を得て実際にパンチパーマの店員が闊歩する店で実行するパチスロ生活者はアンダーグラウンドな住人かそれに近い人たちだったはずです。

ところが4号機時代になると、それが大きく変わり、ごく普通のお客がパチスロによる収入だけを頼りに生活するような事例が急激に増えていきました。

それは4号機当初からたぶん始まっていて、AT機出現による大きなブーム、全国的なパチスロ台数の増加、ストック機出現によるゲーム性の複雑化と攻略の一般化、店のチェーン化と大型化、高交換率化、ハウスルールの減少と一律化、専門誌&ネット環境からの情報入手環境が揃う、などの流れだったと思われます。

特に決定的だったのはストック機の登場でしょう。

高設定域が高い出率を持ったAT機はノリ打ちなどの手段を生みましたが、少ないパイを争う環境であったために生活者の量産とはいきませんでした。

しかし、ストックが主流になると天井とゾーン狙いという攻略法を一般化させます。それは低設定であっても勝つ道がひらかれたということであり、全国的に激増したパチスロ台数と重なって、多くのパチスロ生活者を生み出しました。

要するに高設定狙い以外の勝つ手段ができ、全国的に増えたパチスロ台数≒低設定が、ハマリや特定条件により勝てる台となって、情報に敏感なお客たちの前に転がっていた、という感じでしょう。

この辺りが、俗にいう『4号機バブル』と呼ばれるものだと思います。
※私的な見解です。これはパチプロが増えたという視点ではなく、パチスロ自体が流行り、店が儲かった→新規オープンが増える→パチスロ設置台数が伸びる、のサイクルを指します

かくいう自分もその1人です。
学校を卒業し就職した2002年頃、ちょうど前年に革命的なストック機『キングパルサー』が登場し、多くの店に導入され始まっていました。

元々、AT機で仕組み的な知識と勝てる手順は覚えていた(覚えていても高設定がないので勝てていない)ので、このキンパルが出回ったことで現実的な勝てる状況がはじめて揃ったのです。

仕事帰りに店に向かいハマっている台、ストックがありそうな台を打っては、また台を探し、時に店を移動する、というのを毎日するのが日課になっていました。

すると仕事で手に入る収入に近いお金が入ってくるようになり……、それをサービス残業や将来性のない昇進待遇、使えない有給、全額でないボーナスなどの仕事と比べると、まあ、いずれ辞めますよね。

こんな感じで、あっさりとパチスロ生活者になったわけですが、こんなことが全国で起こっていたのだと思います。

特にこの2002年前後は、就職氷河期の再来、ITバブルの崩壊がたしかあって、景気が悪く、それはたいして真面目に生きてこなかった若者たちのまともな就労受け皿が少なかったということもちょっとは関係していたような気もします。

ついでにいうと、バブル崩壊の影響をもろに受けている世代で、就労に対する不信感から“仕事を辞める”という選択が簡単だったのもあるかもしれません。

ここら辺でパチスロ生活者になった客は、体感としてもかなり多く、全盛期には一つの店に最低15人程度いるのは当たり前だったと思います。
※地域によるでしょうが、関東は間違いなくこれでした

この4号機バブルで大量にでたパチスロ生活者たちは、4号機終焉近くまで燻り続け、5号機移行前後から急激に減っていきます。つまり、勝てなくなって去っていくのでした。

その頃には、店側もかなり疲弊し、ガセイベント乱発、パチスロコーナーの縮小、あるいは閉店という末路を辿っていきます。

ニュースで聞くような30才前後のニートやネットカフェ難民の中には、この4号機バブル時にパチスロで勝って生活していた時期がある人が一定数いるような気がしてなりません。

二十歳を越えての数年間、就職という道から外れた生活をしたのですから当然の末路ですが、あの場、あの時のパチスロ環境が仕事より眩しく映ったのを知っている身としては、単純な自業自得とは思えない複雑な心境です。

後編へ続く→4号機バブルの落とし子たち(後編)

更新日  2014/07/27

目次】 次の記事→  4号機バブルの落とし子たち(後編)

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